フランスにおける医療看護


フランスにおける医療看護の現状を、現役の看護総婦長へのインタビュー形式でご紹介します。ご回答下さいましたのは、パリで唯一日本語の通じる国際総合病院、アメリカン・ホスピタルで、総勢220人の看護婦(士)たちの一切の管理を任されている看護職総部長の要職を担当するジョジアンヌ・ヴァンケールコヴァン女史です。

彼女へのインタビューの申し込みは、当然ヨーロッパの企業管理職者たちと同様ビジネスライクに、まずは彼女のスケジュールを管理する秘書を通してアポイントメントを取り付け行われました。
インタビューの当日の彼女は、大変てきぱきとした爽やかな印象で快く丁寧に応えてくださいました。
尚、このインタビューは医学書院「看護学雑誌」97年に連載されたものです。

AHP(American Hospital of Paris)のような国際総合病院の看護部長になるには、どのような学歴とキャリアが必要なのでしょうか?
配属後一年で、蘇生科主任看護婦という稀に無い超スピード昇進について
貴女のAHPでの現在のお仕事の概要
看護部長として、世代の異なる総勢220名の看護婦さんの教育にどんな問題を感じていらっしゃいますか。
看護部長として病院運営・経営にはどの程度携わっていらっしゃるのですか?
ヨーロッパで看護婦になるための必要な最終学歴と資格
医療社会学とは
フランスの医療政策の大掛かりな変革について
最近の新しい試み、懸案事項
看護婦になりたいと思われた動機
国際的なキャリアを持つ貴女のフランスの医学についてご意見
看護する側の信仰心について
看護の職業倫理には、やはり修道女によるヨーロッパの教育史が
修道女看護婦のシステムとその歴史
現在も、ベルギーやフランス、ドイツにそのシステムは存在しますか?
職業看護婦の使命感が聖職者看護婦のそれに劣ると言う印象をお持ちなのでしょうか?
日本の看護婦さんたちに一言
終わりに



AHP(American Hospital of Paris)のような国際総合病院の看護部長になるには、どのような学歴とキャリアが必要なのでしょうか?
わたくしは、ベルギー人ですので、教育は全てベルギーで受けました。まず、普通科の高校を出た後、理数系の大学入学資格試験を受験して私立高等看護専門学校に入学しました。 そこで三年間学んだ後、ベルギーのブリュッセルにある180床規模の私立病院の蘇生科(ヨーロッパの蘇生科とは、日本の集中治療ユニット的性質を持つ科)に一年間配置されました。ここは、わたくしにとって実際の看護を学ぶ良い学校となりました。その後、同科の主任看護婦になり、更に三年間続けました。結局ここに看護部長となってその後十年間勤続することになりました。1993年からパリのAHPに来て現職に着任しました。

配属後一年で、蘇生科主任看護婦という稀に無い超スピード昇進について
わたくしは、ベルギー人ですので、教育は全てベルギーで受けました。まず、普通科の高校を出た後、理数系の大学入学資格試験を受験して私立高等看護専門学校に入学しました。 そこで三年間学んだ後、ベルギーのブリュッセルにある180床規模の私立病院の蘇生科(ヨーロッパの蘇生科とは、日本の集中治療ユニット的性質を持つ科)に一年間配置されました。ここは、わたくしにとって実際の看護を学ぶ良い学校となりました。その後、同科の主任看護婦になり、更に三年間続けました。結局ここに看護部長となってその後十年間勤続することになりました。1993年からパリのAHPに来て現職に着任しました。 配属後一年で、蘇生科主任看護婦と言うと、稀に無い超スピード昇進ですね。 学校を出たての若い時に蘇生科と言う厳しい科に入って、本当に難しいサービスでしたが、ここを修められ自分の最大限の力を発揮でき、自信が持てれるようになりました。言い換えれば他のどの科に配属されてもやっていけれると思える自分に成長させてもらえたのです。続けますが、その後、総合外科蘇生科の看護婦主任に三年間配置されました。暫くすると総合看護部長から、副部長として彼女のもとで院内全体の看護管理職の仕事を一緒にするように命じられました。と言うのも4年後の彼女の定年退職に備えてその後の後継者になるべく準備をして欲しいと頼まれたのです。彼女はヨーロッパの古い映画に出てくるような敬虔なクリスチャンの修道女看護婦長でした。これからの時代にも看護婦として受け継いで行ってもらいたいものと新しいアカデミックな理論にも強い看護婦を求められたのです。(この事については次号で更に詳しくお伺いします。) 当時わたくしが強く興味を持ったのは、より念密な日報記録の交換と書類が看護のクオリティの向上には欠かせない、その為の全科レベルでのプログラムのプランを立てると言うことでした。つまり看護学理論等のアカデミズムは、良質なケアーの保障に繋がる事が必至である、と言う事です。そこでルーバン・カトリック大学の修士課程で医療社会学を三年間学びました。こうして彼女の下で働きながら、大学に通い学生をし、プラクティカルには総合外科蘇生看護主任を勤める3職をを同時に進行する形となったのです。とても忙しい毎日でしたが、実り豊かな三年間でした。その後の十年間もここで学んだ事を十分に活かせたかと思います。


貴女のAHPでの現在のお仕事の概要を教えていただけますか?
わたくしの主な任務は、患者さんにより良いクオリティの看護を与える事、この一言に集約されるかと思います。その為にも一方で、学校を出たばかりの若い看護婦達をプロフェッショナリズムの有る立派な看護婦に育て上げる事が、もう一つのわたくしの重要な仕事だと思っています。これら二つのミッションの為には、ハーモニー良い職場の為の効率的で適格な人事の管理(これは人事の異動、採用面接を含む)、多種多様な看護の仕事のコーディネート、彼(女)らへの教育、記録の指導等実に多くのものがあります。 ある患者さんに食事指導の為に管理栄養士と連絡を取り、ソーシャル・ワーカーが必要な事に関しては彼らとコンタクトを密に取りと、一人の患者さんを中心にその周りで必要な全てを沢山のパートナーたちと一緒に配慮することが看護婦の仕事で、彼女達に求められている全てのコーディネートがわたくしの仕事なのです。

看護部長として、世代の異なる総勢220名の看護婦さんの教育にどんな問題を感じていらっしゃいますか?
フローレンス・ナイチンゲールの時代であれば、野戦病院ですから、介護と衛生が最も重要な課題でした。その後抗生物質が発明されて、看護婦の技術最重視の時代が70年代末まで続きました。その後80年代からは、コミュニケーションが一番求められるようになりました。この移り変わりは時代が求めているものへの回答でもあるわけですが、例えば、今の看護学校のプログラムで重視されている三つの項目は、精神心理学、老人学、在宅看護学です。(ストレス過剰による精神的困窮、老齢化社会、雪だるま式に増える赤字医療経済問題の為の予習宿題を学生さんたちは負わされているようですね。) この新しい精神性重視の看護教育とひと昔前の技術重視、この二つの中庸をAHPの看護婦にうまく教育したいのですが、世代の違う看護婦にはそれぞれに異なる価値観があって難しいですね。特に、70年代以前に看護婦になったベテラン格の看護婦は、良くも悪くも知識では負けていても経験という鎧で職場に出ている、そんな印象も受ける事があります。

看護部長として病院運営・経営にはどの程度携わっていらっしゃるのですか?
病院内の他の管理職者たちと一緒に隔週一回の役員会議で、病院全体の決定に全面的に参加しています。全面的にとは会計・経理部長、総務部長、医局部長と一緒に病院のクオリティと、方針、倫理上の院内規約、教育そして予算と全てに積極的に発言しています。

ヨーロッパで一般に看護婦になるための必要な最終学歴と資格とはどのようなものなのでしょうか?
ヨーロッパで看護婦のディプロムを取得したい場合は国によって違いがありますが、EU(ヨーロッパ共同体)内では、最終的な合意を取り決めました。例えば、フランスでは看護国家免許一つしかありません。しかしベルギーでは二つの可能性があります。まず一つはフランスの国家免許と同じものでこれがヨーロッパ標準看護免許と同じものなのですが、もう一つがGraduated Hospitalierと言い更にその上に位置する資格としてあります。 これは、三年間、高等専門学校に行かなければ、受けられません。

医療社会学とは、どのようなサイエンスなのですか?
まず社会の需要これは、経済的な需要、精神的な需要も含みます、次に心理学、そして経営学、この三つを学び、全人的医療を与えられる人間作りを目指すサイエンスです。

フランスでは医療政策の大掛かりな変革が余儀なく求められています。この変革の第一の原因はやはり国庫の赤字だと言えるのですが、14年間の社会主義(つまり大福祉国家)から、政権の交代があり、より右傾な医療政策が打ち出される中で何か一言ありますでしょうか?
あまり好きではない分野の質問ですね。(苦笑しばらく考えて)、 確かに今変革の必要がある事は認めます。経済的な変革のみならず政府は病院のヒューマン化、質の向上等の点はわたくしも同意見です。これはわたくしにとって政権の右傾も左傾もありません。政治はわたくしの好きな話しではありません、わたくしにとって大切なのはその結果です。病院の評価論にはわたくしは基本的に賛成です。点数をつける事は必要です。ベルギーにもこのシステムはアメリカのそれ程ではありませんでしたが、ありました。運営の為のこの最低必要点数を得る為に病院側が強いられる努力はたしかに質の向上に繋がるのです。ただ床数の少ない病院を閉鎖して行き、より大床数の大型病院に吸収させてゆく政策には賛成できません。大病院のみが良い治療を行なえるとは決して言えないと思うからです。ヒューマンなクリニックを作り上げる事はむしろ規模の小さい(=床数の少ない)機関の得意とするところではないでしょうか。大病院は大工場のような場所になってしまう危険があるのです。これは患者さんにも影響してくる事が必至なのです。予算の節減の為に大量生産をする方が、同じ投資に対し収益が多いのと同じ事を病院に考えているのだとしたらそれは間違いです。

最近の新しい試み、懸案事項がありましたら教えてください
フランスの看護婦にも何等かのEvaluation(第三者的評価)が必要だと考えています。 例えばのお話しですが、25年前に看護資格を取った人が5年間実際に仕事をし、その後結婚・出産をして家庭に入ったとします。3人の子育ても終わって職場復帰しようとした時フランスでは何の試験も学習の必要もありません。これは現代の医学の進歩を考えるとちょっと恐いですよね。米国ではある時間以上の学習をしなければ資格の更新ができなくなります。ヨーロッパにはこのシステムが欠如しています。米国のディプロム、ペーパー、署名漬けのあまりにもシステム化された看護(これには医療訴訟の多いアメリカの司法背景にやむを得ぬ原因があるのでは?)も決して賛成ばかりはできないが、少なくともその中庸を是非採用して行く方向にもって行きたいと思っています。実践的には確実で効率的なノート記録学や看護診断学をフランス文化にあったやり方で導入するべきだと思います。現在私たちAHPでは、結婚や色々な事情でフランスに住むアメリカ人看護婦の為に学習会を行なっています。彼女達があちらに戻った時にも立派に職場に戻れるような勉強会を目的に私もプログラムを作っています。

看護婦になりたいと思われた動機は、何だったのでしょうか?
はっきりと明確な目的が一つありまして、アジア特にベトナムに人道的な活動に参加する為に行きたかったのです。当時はベトナム戦争中であったと言う史実を知っていていただきたいのですが、このような人道的ミッションに参加する為にはメディカルな関連の職業の人しか参加できませんでした。その目的のために助産婦になろうと決意をしたのです。ベルギーでは助産婦になるためには初めに看護婦の勉強をし、更にその後産婦人科の専門課程を修めてスペシャリストになるカリキュラム・システムになっています。 ところが、その途中で蘇生科のその強い魅力にすっかり引かれてしまったのです。そのあまりアジアに行こうと言う最初の目的を忘れてしまったのです。家庭の事情もあって当時ベトナムにわたくし一人が外国に出て行くのは難しかったと言う事もありました。

国際的なキャリアを持つ貴女のフランスの医学についてご意見をお聞かせ下さい。
各国の医学を比較して、違いはただ単に文化とメンタリティーの違いにあると思います。フランスの医学のレベルは世界でもとても高いのです。技術の違いは真に有るのでは無く、もし有るのだとしてもそれはこの二つの違いから来るのだと思います。現場でのコンセプトの違いもフランス人のラテン気質とアングロサクソン系の国の米国や英国とでは差違が生まれるのです。 過度のヒエラルキーの確立は相容れませんし、セクシャル・アビューズやチャイルド・アビューズもフランスでは米国程の表立ったトピックではありません。

カトリック国のフランスと仏教国の日本とで治療哲学、医療倫理、看護の比較ができたらと、随分無理な事を考えてみたのですが、ヴァンケルコーヴァンさん御自身、看護する側に信仰心は大切とお思いですか?
もしもこれが大切でないと答える看護婦がいたとしたら、それは彼女が何か重要な事を 理解していないと言う事になりますね。 宗教だけに限らず人間には誰にでも大切にしているもの、価値を持ったものがあるはずです。その一人一人の価値する所のものをリスペクトした看護を与える事は重要な事です。 ヴァージニア・ヘンダーソンも彼女の著書の中の14訓で患者の宗教・信条に基づく指導に触れています。彼女でなくても、それ以前からこの価値観への尊重は存在したはずです。私自身もどんな痛み止めも全く効かない患者さんに彼らの信ずるところの宗派の僧職者に面会させると痛みが柔らいだと言う場面に何度も遭遇しています。これはつまり気持ちが落ち着く為、大らかに色々な事を受け入れる事が可能になるのではないでしょうか。 AHPでは入院手続きの時にも各患者さんに必ず看護婦が宗教を尋ねます。答えたくない人はもちろん応えなくても良いのです。医師の中につい先日も私にこんな質問は実に下らない、むしろ治療の心的障害にさへなりかねない、と私を叱責したドクターがいました。私はそうは思いません。例え、クリスチャン、ユダヤ教徒、イスラム、仏教と異なっても彼らの価値を看護する側が学ぶ事には意味があると思うのです。 無信仰の人には関係の無い質問でしょうが、彼らにとっても大切にしたいもの、大切にしてもらいたいものは必ずある筈です。それを私達看護する側もリスペクトして行きたいのです。

わたくし個人は、職業には宗教を結びつけない職業上無信仰のポジションをとっていますが、患者の大切にしているものは、リスペクトするべきだと言う事には同感です。 あなたの職業倫理には、やはり修道女によるヨーロッパの教育史が背景にあるのでしょうか。
私の母国、ベルギーの国教はカトリックです。また、殆どの教育課程を私は、私立機関で受けまして、歴史上、私立教育機関は、カトリック協会が関係している所が自然と多いのです。ですから、人格形成期にわたくしの周りにカトリックの環境があったのです。その為、ポジションを取る取らないを考える以前の問題に、カトリック信仰が人生の基礎として存在していたのです。これは、あなたのおっしゃる通り、わたくしの職業上の動機にヨーロッパの教育史が自然、関連していますね。

学校を出て、実践的な看護を学ばれた病院での修道女看護婦から受け継いだものが、今のあなたの価値観の基礎をなすものだと先回伺いましたが、その事について教えて頂けますか。まず、システムとその歴史から。
当然の成り行きとしてカトリック系の大学に進み、学校を出同じく自然の成り行きとしてカトリック協会の運営する私立の病院(元は修道院内のホスピス)に就職したわけですが、ここの歴代の看護部長は今までずっと修道女だけでした。先回もお話しました通り、彼女の薦めで私は、初の世俗(聖職を職業としない)の看護部長になりました。1967年に非営利団体法の改正があるまでは、ベルギーでは、修道院の中に病院を持つ所が多かったのです。そこで介護の教育を受けた修道女たちが今で言う看護婦の仕事をしていたのですが、もともとの目的が職業労働ではありませんでしたから当然給与はありません。そこでこの法改正の後、全ての労働従事者に賃金を、と言う労働組合運動の結実のシンボルとして職業としての看護婦が成立したのです。それまでは、修道女達のボランティアのお努めだったのです。ヨーロッパの看護婦の歴史には修道院の中にあった病院にお努めする修道女と、もうひとつが刑務所の中の病気の囚人をお世話する売春婦の二つにあると言われています。この二つの異なる人種の女性たちによる患う人を看病する、人のお世話をすることによって社会に貢献する姿が、ヨーロッパの看護婦の祖です。ドイツでもプロテスタントと宗派こそ違えども、同じように教会運営の病院は存在していました。

現在も、ベルギーやフランス、ドイツにそのシステムは存在しますか?
子女教育のレベルも上がり、物質的に豊かになった今日、哲学者にでもならない限り神への使命等を深く考える時が、以前よりもずっと遅くなりました。宗教色の無い学校教育を受けて、仕事も経験した後に聖職の道を選ぶ修道女たちもいますが、修道女の数そのものが減った今日、看護も職業として立派に認められ、時代とともに修道女看護婦の姿は、見られなくなりました。しかしながら、今日の若い看護婦志望の学生たちにどうして看護婦と言う職業を選んだのかを尋ねると、必ず、人との親身なコンタクトを持ちながら社会に貢献できるから、困っている人の役にたちたいから、と中世の彼女の前身たちと同じ回答が返ってくるのは、興味深いことですよね。システムそのものも崩壊はしていませんが、随分と少なくなりました。価値観だけでも是非、伝承して行きたいと思います。

職業看護婦の使命感が聖職者看護婦のそれに劣ると言う印象をお持ちなのでしょうか?
最近の看護婦の中にはこの価値観が理解できない、なかなか受け継がられないと思う時は多々あります。ただ今日の看護学の教育はどんどん複雑化し、また高度になってきました。これらもとても重要なのです。新旧派共にトータル・ケアを目指してお互いに無い物を補ってゆく、そんな教育をして行くプランを計画中です。

日本の看護婦さんたちに一言メッセージをいただけますか?
もし私に日本の看護婦さんに会う機会が有ったとしたら・・・、それはもう沢山の事について討論したいと思いますよ。 まず日本の病院の中のシステムがどうなっているのかとても知りたいです。日本の看護、介護は実際どのように行われているのか。興味はつきません。 いずれにせよ全世界中この職業は領域が確立した分野と医師の指示に従わなければならない分野と二つの領域があります。それだからこそ看護婦ならではの役割、例えば衛生、介護、看護技術等の評価を再確認しあうべきです。特にその価値が軽んじられそうな排泄と衛生のお世話、この時に交わされる会話の中にどれだけ大切な情報、普段見過ごしがちな信号が入っている事でしょうか、これらの分野をどれだけ強化して行くべきか。 医師の指示に従う分野と看護婦が自分の判断ですべき分野があるのですからぜひこの分野を再評価し、自信を持ってゆきましょう!

終わりに
アメリカのようなアカデミズム最重視の看護学にはやはり疑問がある、ヒューマンな部分を大切にしつつ、両方の良い面を実践に活かせたらとおっしゃるマダム・ヴァンケールコバン。
そして、 いつまでもベルギー人と言うアイデンティティーを忘れない、言わばエトランジェの彼女。
そんな彼女の"各個人の大切にしているものを尊重する看護を"、と言う信条のもとに、例えばAHPのマタニティ科では、日本人の赤ちゃんのへその緒を捨ててしまいお母さんを悲しませる看護婦さんはいません。ユダヤ人の男の赤ちゃんは立派に割礼を受けて、彼らのお父さん、おじいちゃんを喜ばせます。価値観の崩壊が語られて久しい中で、国も文化も宗教も違っても、彼らの伝統を重んじる心がこの病院にはあるようです。