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かかりつけ医制度導入4年後の考察



かかりつけ医制度導入4年後の考察

フランスにおいて、16歳以上の全ての国民にかかりつけ医(Medecin Traitant)登録の義務化が2005年より施行されて以来4年経った?。本レポートは、2008年11月20〜24日に行った、フランス保健省(行政)、疾病金庫(保険者)、フランス最大手医師組合(ロビー)へのインタビューをベースとする。

根拠法:2004年8月13日制定医療保険改革法。ゲートキーパー機能としてのかかりつけ医制度と、保険償還自己負担増によって国民ひとりひとりに医療支出に対する責任感、コスト感を持たせる事が、その冠たる目的。

例外措置は、産婦人科、眼科、小児科、26歳未満の精神科の専門科と、救急またはかかりつけ医不在時は、かかりつけ医を通さず直接アクセスする事が可能。

その法文によると、患者の自由意思によってGPまたは専門医を選択、疾病保険より国民に送られてくる申請用紙に、両者(患者・医師)の同意・署名を返送し、かかりつけ医登録する。注意されたい点としては、日本で紹介されている「かかりつけ医は、病院の専門医はなれない。」、「かかりつけ医は、GPでなくてはならない。」と言うドイツ・イギリス式のかかりつけ医ではなく、フランスでは、より緩やかな解釈がなされており、病院勤務医や専門医も、かかりつけ医として選択されている。これは、制度導入前より、自己の持病理由等から、病院勤務医や専門医との信頼関係が構築されている患者が、制度のせいで医師を変更する事無く、継続できるように配慮したものである。

また、かかりつけ医登録が義務であるとは言っても、かかりつけ医を通さずに専門医受診する事を禁止まではしない。公的保険からの償還率が悪くなり自己負担が増える経済的ペナルティを設けるに留まり、100%が私費医療となる訳ではない。(かかりつけ医を通した場合は、自己負担3割。通さないで専門医に受診した場合は、自己負担が5割となる。更には、現行の7:3の比率を反対にする案も出ている。)

この四年間を振り返ると、かかりつけ医の95%はGPが占め、国民の85%以上が、かかりつけ医にまず受診し、更なる専門医が必要な際は紹介を経た上で、アクセスするようになった。従来、政府が問題視していた専門医から専門医へと渡り歩くドクター・ショッピング傾向は解消された事になる。

イギリスに存在する(欧州では悪評高き)ゲート・キーパー制度とも取れるかかりつけ医制度だけに、制度導入には、多くの専門医ロビーが反対した。しかし、専門医への診療報酬上方改正と、イギリス程の厳しいアクセス・ブロックは無い事から、受け入れられた。また、諸悪の根源になり得ると考えられる「人頭払い制度」は導入せず、フランスは、「出来高払い維持」とした事や、かかりつけ医の変更に関する厳しい条件(継続期間や地域ブロック等)を無しとした事も、患者・医師両側から制度を受け容れ易いものとした。

経済効果
重複受診・検査・処方の削減と、かかりつけ医および紹介先の専門医による医療の適正標準化の総合効果によって、2006年からの3年間で、10億750万ユーロの節約成功が達成されたと発表されている。

医師側のメリット
制度導入による医師側への新たな経済的なメリットは皆無に等しい。かかりつけ患者に対するカルテ管理料等は、特定慢性疾患患者を除いては無い。(特定慢性疾患患者の場合は、1人年間40ユーロ。)予防給付も、現行の制度下においては、皆無に等しいが、例外として、乳がん検診、便潜血キット配布&説明等、各キャンペーン時に、包括報酬が支払われる。

GP側にとっては、従来より概念として存在して実践してきた「家庭医」としての役割や重要性が、制度上認められ、比較的好意的に見ている。一方、専門医の中にも、「より専門的な医療に専念できるようになった。無駄な部分が省略された。」と、その臨床内容の効率化を喜ぶ声も少なからずあった。

医師側のデメリット
4年を経て、専門医にかかる患者が減る現象が明らかになっている。特に、皮膚科、耳鼻咽喉科、内分泌科への受診患者は著しく減少し、深刻な打撃を受ている。

また、直接かかって良い専門にもかかわらず、産婦人科・眼科・小児科・精神科への受診も明らかに減った事が報告されている。これは、かかりつけ医との信頼関係が構築されて、問題の程度によっては、専門医に行く時間・専門医療費を省略できる為、便宜性を優先した患者の受診行動である。その他の専門科においても、おしなべて患者の減少傾向が見られる。

現在、来年度の診療報酬改正によって、特に経済的打撃を受けた科(皮膚科)によっては、損失補填係数措置を取る事が議論されている。

患者側のメリット、デメリット
制度導入当初、「フリー・アクセス」を重要な自由と権利と考えていた人々にとっては、本制度は受け入れ難いものであったが、4年の時間が経って、蓋を開けて見ると、国民の85%がかかりつけ医を登録し、85%がかかりつけ医受診後に専門医に受診するようになった。保険上のペナルティを除けば、すぐに専門医にかかれない訳では無いので、どうしてもかかりたい場合にはかかれる、と言う柔軟さが、フランスにおける本制度成功の秘訣にあるような気がする。従来より概念として存在する家庭医と比較して、大きなメリットは、特に語られていない。敢えて私見を述べると、日本で報道されている「コンビニ受診」は無論「たらい回し拒否」と表現されている問題には、日頃からのこうしたかかりつけ医・患者関係が基盤となった紹介ルートをネットワーク化する事が、最大のメリットとなるように思われる。また、もしも政策上今後より在宅医療が推進される場合には、この関係基盤が軸となった患者中心の医療環境形成を可能にするメリットが潜在する。

医師の偏在不足・女性化への影響
医学部2年生への進級定員制や、インターン研修枠の専門科別定員制などによって、医学生の数や配置には、ある程度のコントロールが効くフランスであるが、一旦、医師となった後の開業や勤務地のコントロール機能は皆無で、地方偏在問題は深刻である。更に、医学生の女性化は進み(医学部生の7割は女学生。)、抱えるテーマも日本と同様のものがある。(イラン国の医学部は、女学生枠を4割迄に制限したとの事!)これらに対して、当該地方自治体は、開業誘致、診療所の無償提供や補助金による助成制度を行い、国は、医学生定員増(専門別・研修地別)で対処している。
任地強制配置や、日本の自治医大のような制度も語られているが、現時点では、実現するのはほぼ不可能と考えられている。
医師過剰地域の医師による、過疎地域への医療活動遠隔参加(輪番制でのディスペンサー出張やテレメディシン)や、社会保障費用負担の増額等が、最も有力視されている。

かかりつけ医と教育
現行の医学部教育制度の上では、GPも専門医の一つにに格上げされ、インターン研修が必須となった。この研修のローテートに、町の開業GPの診療所(キャビネ)での研修があり、インターンを受け入れる指導開業医には、月600ユーロの報酬が支払われる。 指導医になる資格要件は、
@開業して3年以上のGPである、
A地方医師会から適任として承認を受けている
B医師生涯教育プログラムに定期的に出席している証明
で、医科大学と指導提携の契約を結ぶ。(期間3年間。更新可)?
根拠法:1988年10月28日省令

一方で、既に外科医等として長年の臨床経験がある専門医が、再教育を受けてGPに転進する事は、現行の制度においては未だ不可能であるが、いずれ検討したいテーマとの事。背景に、フランスの医学部教育での専門医と一般医間の優劣(選抜コンクール成績結果順に専門科を選択できる。=高得点合格者が、一般医を選ぶ事は珍しい。)があり、現在の専門科の変更不可と膠着の原因となっている。

医師組合としても、外科医に限らず、その経験と経歴による専門科標榜の柔軟性を「歩道橋制度」と銘打ち要求しており、特にかかりつけ医制度導入以降は、GPの専門医兼標榜希望(例:GP/小児科、GP/婦人科等)が増えている。

現状では、管轄省(教育省・保健省)、医師会とも例外を除き(HIV陽性外科医自らの手術拒否希望により、産業医への変更が認められたケース。)認めておらず、その実現成功の鍵を握るのは、「教育の質の担保」である、との声もあった。

フランスでは、医師の生涯教育は義務化されているが、免許の更新制はない。